【林先生の初耳学】江戸時代の当たる手相占い「南北相法」&戦国武将のカルテ!

病院、病気、手

2016年12月4日放送の「林先生が驚く初耳学 」の
「古文書のカルテ&南北相法」

古文書研究のスペシャリスト・磯田道史氏が
有名三国武将のカルテや、
江戸時代の手相・人相について紹介!

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戦国武将達のカルテ

古文書のスペシャリスト
歴史学者の磯田道史さんが登場。

今回スタジオに持ってきた古文書は
禁断の個人情報。
秀吉や家康の戦国武将達の実際のカルテ。

さらに江戸時代の手相・人相の教科書も。

実はこれが現代の手相学の礎となっていて
今見ても恐ろしいほどの的中率なのだそうです。

今夜はこれを磯田さんにひもといてもらいます。

古文書の中にも医学書が残っていて
これは出版されているそうです。
(昔は個人情報の概念がなかったため)

【医学天正記(戦国~江戸時代のカルテ)】

今回はとくに有名な4人のカルテを公開。

まず豊臣秀吉のカルテには桔梗湯という漢方薬が
投与されていたことが書かれており
この時秀吉が風邪をひいていたことが分かります。

他にも織田信長には高血圧の診断症状があり
徳川家康は胃がんで亡くなった可能性があると
カルテから推測されているのです。

そして今から紹介するのは
日本の歴史が大きく変わった禁断の個人情報。

それは淀殿。
淀殿は秀吉の側室として
跡継ぎ秀頼を産んでいます。

その淀殿のカルテを見ると
リアルな歴史の分岐点が見えてくるといいます。

「御気欝」と書かれていて
「快気湯」という薬を
処方したと書いてあります。

カルテから分かる歴史の分岐点。

淀殿はうつ病だった!

実はそのうつ病が豊臣軍と徳川軍が戦った
天下分け目の大坂冬の陣の勝敗を決めたのです。

うつの状態のところで女性の身で
大坂城を徳川軍に包囲されて戦わなきゃいけなくなった。

そんな淀殿に対して家康は大坂冬の陣で大砲を射かけ
さらに追い詰めていくのです。

そこで気の弱ってた秀頼の母、淀殿は
「大坂城の堀を埋めるなら大砲をやめる」という
徳川側の誘いにのってしまった。

それで大坂城の堀が埋められていき、次には落城。
真田幸村も討ち死にする…。

淀殿うつ病でなかったら、もっと粘り、判断を誤らず
日本史が決定的に変わっていた可能性もあるとのこと。


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現代でもすごい的中率の南北相法

現在世の女性達を夢中にし、
わたしたちの生活にもなじみ深い手相や人相ですが
実は戦国武将もこぞって敵将の手相を
集めていたそうです。

情報が少ない当時、手相から敵の性格を読み
戦の作戦に役立てていたのです。

そんな手相・人相学の基礎となった古文書が
水野南北が江戸中期に書いた「南北相法」。

現代でもすごい的中率と雑誌にも取り上げられて
大注目されています。

ここからは大学で講師も務める島田秀平さんにも
補足してもらいます。

【林先生の手相】
・人紋(頭脳線)が切れるかもつれる者は、
苦労が多く浮き沈みが多い
→転職が多い

・家を破る(破産する)

林先生は大学卒業後に銀行に就職しましたが、
ギャンブルで多額の借金をつくり塾講師に転職。
今ではテレビなどで活躍しています。

現代手相学で見ると
頭脳線が2本ある(二重頭脳線)
→最強の頭脳の持ち主
織田信長の手相にそっくりとのこと

【梅沢富美男さんの手相】
徳川家康と同じ手相

ますかけ線(感情も頭脳もひとくくり)
片方だけでも7%くらいしかおらず
両手にあるのは家康と同じで、
「天下取りの相」と言われています。


ここからは人相について
【人相】
・目と目の間からまゆ毛がはえている人は
夫婦仲が悪い
結婚しても仲が悪く、短気になり、
発展することがない

・眉尻が豊かで途絶えることがなく、
毛が下がる者は長寿である
→村山富市元総理(92歳)はこの人相

【千原ジュニアさんの人相】
・頬の肉が薄く、そぎ落としたような人は
親の家業を継がない

現代の人相学では
・突発的な事故に要注意。

(千原ジュニアさんは15年前に事故に遭っています)

南北相法のサンプルの集め方

南北相法は多くのサンプルを集め、
統計的に作られているので
的中率が高いのです。

南北は3か所の仕事場で、
人間観察をしてつくられました。

その3か所とは?

【1つ目:火葬場】
火葬場で働いて手相・人相の統計をとった。

火葬場では顔、手相を自由に見られる。
また、遺族の思い出話から人となりを
聞くことができる。

【2つ目:髪結床(現在の美容院)】
顔をまじかで見ることができ、
何気ない会話の中から性格を読み取ることができる

【3つ目:風呂屋の手伝い】
裸の状態の骨格を見るため、
銭湯でサンプルを集めた

3年ずつ計9年かけて、
南北相法を完成させ、
これが現代の手相・人相の教科書と
なったのです。

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