【サタデープラス】超極貧生活から幸せをつかんだモデルのアンミカ

モデル

2016年2月27日放送の「サタデープラス」の中の「マネープラス」。

超極貧生活から幸せをつかみ取るまでには亡き父の厳しい教えがありました。
今回のマネープラスは、モデルのアンミカさん。

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アンミカさんのセレブ生活

アンミカさんは43歳の今でも、雑誌やテレビで活躍する現役のファッションモデル。

そんな彼女を、一躍スターダムに押し上げたのが19歳にして単身乗り込み、手に入れたパリコレのランウエー。

今のアンミカさんがあるのは、この夢をつかんだ瞬間があるからこそ。

4年前には実業家のアメリカ人男性と結婚。
毎日パーティーに繰り出すセレブ生活。

しかし、幼少期のアンミカさんは、古い長屋の四畳半で、7人暮らし。
おやつは、傷んだ果物ばかり。

さらに自宅が全焼するほどの火事に2度も襲われ、極貧生活を経験。
そんな貧しかった少女が、夢と幸せをつかんだそこには、厳しくも優しい父の3つの教えがあったのです。

アンミカさんのお宅へおじゃまするとアンミカが出迎えてくれます。

肩になにかいます。
ぺぺちゃんという名前のコザクラインコです。

アンミカのコザクラインコ

そしてご主人(セオドール・ミラー氏)も。

ちょうどゴミ出しに行くところでした。
絶対アンミカさんにはごみ出しをさせないのだとか。

その理由は「彼女にごみ出しは似合わないから。」

いまでもラブラブのようです。

都内の一等地に5LDK、約1億円で購入したという、高級マンションが愛の住みか。

アンミカさんが好きで集めた骨董品と、ご主人のインテリアが上手にマッチしている、すてきなお部屋。

モデルさんですから衣裳部屋をチェックすると、さすが、1000着以上の洋服や靴がずらり。

イベント会社を経営するアンミカさんのご主人。

お父さんは大手ゼネコンの社長、お母さんは画家、お兄さんはマネーボールを手がけたハリウッドの映画監督と、まさに名門一家。

なので結婚式もど派手。
4回の衣装替えは白無垢、ドレス、チョゴリ、最後にセンタードレス。
アンさんがデザインしたという婚約指輪は、2.57カラット。

ひと月に出席するパーティーは40件以上。
華々しい、まさにセレブ生活。
ですが、アンミカさん、昔は、超貧乏だったんです。


アンミカさんの超貧乏生活時代

5人きょうだいの次女として韓国で生まれたアンミカさん。
3歳のころ、家族で大阪に引っ越し。

アンミカ「両親と5人きょうだいの計7人で住んでいたのは、4畳半の狭い部屋。
しかも、他人が住んでいる長屋の2階を間借りしていたんです。
なので、学校から帰ると1階にある他人の家のリビングを通って家に帰っていたんです。

おやつといえば朝3時に子どもだけで青果市場に拾いに行く、傷んだ果物。

売り物にならないバナナやりんごをもらっていたんです。」

そんなアンさんの憧れの食べ物が、すいか。

アンミカ「スイカってカットしてあるじゃないですか。
水分でぐちゃぐちゃになるから持って帰れない。
やっぱり丸くて保護されてるものじゃないと、持って帰れないわけですよ。
たまに丸ごとすいかをもらえたときは、種は捨てません。

食べたくなったら、砂糖漬けにして、またなめたら、すいかの味がするから、それですいかを食べた気分になってましたね。」

そんな幼少期を過ごしたアンさんに、父が教えたこと。
“お金は自分で稼げ”

クラスのみんなが習っているそろばんを、自分も同じように習いたかったアンさん。

お母さん「月謝が2000円もするから、ごめんね、ミカ。」

アンミカ「嫌だ、習う。
たったの2000円やんか。
2000円ぐらい出してえよ。」

お父さん「お前、今、たった2000円って言ったな。
お前の言うたった2000円が、どれぐらい大変なものか、自分で稼いでこい!」

そこで、お兄ちゃんがやっていた新聞配達についていくことに。

アンミカ「3週間目くらいで、雪が降ったのかな。
路地から出てきたら、自転車が雪で滑って倒れてて、新聞がびっちゃびちゃになってて。

新聞配達のすごい離れた区域に配ってたんで、それを全部雪の中、動かない自転車、ふらふらしながら一回持って帰って『すみません、ぬれたんで、交換できますか』っていって怒られたり。
そういうのとかは覚えてますね、むっちゃ大変なんやなって。」

新聞を1部配っておよそ20円。
2000円稼ぐことが、どれだけ大変なのか、身をもって体験したアンさん。

そろばん教室は一日も休むことなく、段まで取得しました。

そんなアンさんが、モデルを志したのは中学生のころ。

美容部員だった母の影響と、貧乏がゆえに着られなかったきらびやかな洋服への憧れでした。

アンミカはかねてからの夢だった、モデルへの道を両親に相談。

すると
お父さん「やるなら一流になれ!
中途半端では夢はかなわない。」

一流モデルになるまで家に帰ること許されなかった。
そこで19歳のとき、単身フランスはパリへ。

アンミカ「泣いてシャンゼリゼ通りを歩いたこと、何度もありますけど、オーディション何本受けても、受からないっていう苦労はあります。

でも世界中からきれいな方が、その国にいるトップの方々が集まって、オーディション受けるんで、しかたないですね。」

身長は低い、アジア人モデルブームでもない。

では、自分の武器はなんなのか。
まばゆいスポットライトの裏にある熾烈な戦いに勝ち残るため、“モデル、アンミカ”を徹底的に研究。

しかし、世界の壁は高い。
パリにあるモデル事務所を何十件と回っても、結果はすべて不採用。

アンミカ「本当、嫌になるんです。
あしたまた行くのも、また落ちるんじゃないかって。
でも諦めない強さっていうんですか。」

傷んだバナナで空腹をしのいだ貧乏な過去。
有名になって家族にぜいたくをさせてあげたい。

応援してくれるきょうだい。

厳しくも愛情を持って送り出してくれた両親のことを思い出し、自分を奮い立たせたアンミカ。

そして自分の人生を懸け、夢をつかんだ瞬間がパリコレ。

世界中のモデルが目指す憧れの舞台、パリコレで、見事トリを飾るトップモデルへ。

父と約束し、家を出た、僅か2年後のことでした。

アンミカ「あのタイミングで、厳しくしてもらえなかったら、気付かなかっただろうし、そこまで努力してモデルって仕事にしがみついて、パリ行こうって思わなかっただろうし、こんな勉強しなかったでしょうね。」

スーパーモデルでありながら、美容にもほとんどお金をかけないそうで、300円のもこもこソックスにゴルフボールで。

(もこもこソックスをはき、ソックスの中にゴルフボールを1個入れ、足裏に来るようにして座ったままゴロゴロ前後に動かして、刺激する。)

アンミカ「こうして着地させてごろごろするんです。
常に足の裏に、内臓使われてるつぼとか、分かりますし、むっちゃ足の裏、あったまって。」

アンミカ

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父の教え

そして、仕事の合間でも欠かさないのが新聞。
これも父の教え。

アンミカ「新聞を読んで、社会の動きを読んで、自分がそこで人様のお役に立てそうな資格を勉強して、社会と常につながって意識を持つんだよっていう。」

自分が経験したことは裏切らない。
社会に役立つ資格を取れ!

そんな父の教えを守った結果、なんと16種類もの資格を取っちゃいました。

珠算、硬筆書写、毛筆書写、秘書検定、漢字検定、マスコミ校正、韓国語検定、英検、アロマテラピーアドバイザー、アシアクトオーラソーマ、プロトコール、漢方養成指導士、ジュニアベジタブル&フルーツマイスター、コスメコンシェルジュ、日本化粧品検定

お父さんの教えどおり、資格を取ったからこそ、マナー講座を開催したり、モデル以外の仕事へも幅を広げられたといいます。

中でも今、勉強しているのが…。

アンミカ「 神仏の勉強の学校に行ってるんですよ。」

月3回、神仏の学校に通い、学んだ知識を生かして、寺社仏閣を巡るのが趣味。

普段よく通っているのは、東京は港区にある愛宕神社。
86段ある急勾配の石段を上り切れば、出世するといわれのある神社。

アンミカ「ここは私が芸能人で歌のうまさを競う番組の日の朝に、ふらっと来てお参りして、優勝しました。」

愛宕神社でお参りして、収録に参加したところ、見事、初出場で初優勝。
これがきっかけで、CDデビューまで果たしちゃったんです。
まさに出世の神様。

スタッフ「アンミカさん、今は幸せですか?」
アンミカ「(ご主人を見ながら)幸せだよね。」
ご主人「うん、幸せ。ペペも幸せ。」


感想

でも、アンミカさんのお父さんもここまで幸せになるとは思っていなかったのでは?
うれしい誤算ですね。

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